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2020.06.08

ご利用者の声(高校生の母Oさんより)

先日終結したクライアントさんから、「皆さんの参考になれば」と経過や感想をお寄せいただきました。お母さん、娘さん、ともにセラピーに通っていただきました。

 

Oさん(高校生Mちゃんの母)

 

ASD、ADHDグレーゾーンと思われる気質を持ちながら高校生活を送っていた娘が突然学校に行けなくなり、「娘が何とか元の生活に戻れるように」と模索していた中、ニューロフィードバックという療法に出会ったことが、廣田先生とのご縁になったきっかけです。当時娘は外に出てセッションを受けられる状態でなく、まずは私が先生にお話を聞いていただき、セッションを受ける運びになりました。

 

当初は「娘が学校に通えるように」という一心で通っておりましたが、セッションが進むうち、「これは娘の問題というより、それを過度に心配している自分の問題が大きいのではないか?」とじわじわ感じ始めたことを思い出します。

 

娘はその後登校できる状況に戻りましたが、その中でも学校生活への違和感と闘いながら、なんとか帳尻を合わせて高校3年生まで進級しました。娘がはじめて先生とお目にかかったのはこの時期です。学校生活へのモヤモヤ、進路のこと、頑張りたいけど頑張れない・・そんなジレンマで藁をもすがる思いだったのでしょう。私の提案にのり、ニューロフィードバック、心理療法、ボディワーク等を週1ペースで受けに行くようになりました。

 

そんな中で変化がいくつかありました。一番の変化は、娘自身が気持ちを偽らなくなったこと。自分のコンディションを優先に、動けるときは適度に動き、疲れたら休息をとるという「自分発信の生活をしよう」と覚悟を決めたかのようでした。

 

しかしこれは、「学校という枠組みの中にいること」を当たり前に思う私にとっては困ることばかりでした。完全不登校となりました。ただし、家の中では比較的規則正しく、自分の楽しみも見つけながら生活する、という娘独自のスタイルを受け入れる度量は当時の私にはなく、学校からの「留年通告」の連絡におびえる不安の日々。時々、その不安を先生に聞いていただくと、「Mちゃんはパワーがある子。彼女らしく生きていかれる場所が必ずあるから、待ちましょう。そして、お母さん自身も自分の人生を大事に、楽しんでいいんですよ。」と励ましをいただき、何度も救われました。

 

そして、卒業まで数か月のある日、娘が「私はやっぱり(現在の)高校を卒業したい。」と自ら学校に電話をいれたのです。学校側には大変ご無理をさせましたが、補講や課題提出を設けてくださり、同時に、本人の頑張りもあり、何とか卒業までたどり着くことができました。

 

娘が高校を卒業できたことは、親として一安心、という気持ちが正直あります。しかし、それはある意味、親都合だったりします。子どもが自分らしく進んでいく道はそれぞれ違う。とても難しいことですが、そこを恐れず、信じて任せる姿勢が私たち親に求められているように思います。それから、親自身が「今、自分の人生を大事に過ごしているか?」「自分にとっての心地よい生活、空間はどんな感じ?」と自分自身に何度も問いかけていくスパイラルが結構重要だということに、先生から受けたセッションの中で度々気づきました。

 

コロナ騒動の中で、世の中の常識が入れ替わるような出来事が多々ある中、子どもが学校に対して何となく違和感を感じている様子があったとしたら、親としては見逃さずにいてあげることが大切かもしれません。しかし、親子一対一の関係性は時に感情的になり、あらぬ方向へ進むことがありますので、第三者の専門家に入っていただくことはとても助かります。私は先生に何度も助けられました。子育ての不安を、まずは洗いざらい話していくと、少しずつ、解決の糸口が見えてくるものだと思います。

 

というメッセージです。Oさん、ありがとうございました。

 

Oさんご自身はとても真面目で、誠実で、周りとの調和を心がけて生きてこられた方です。そういうOさんが、人と同じ行動でなくマイペースに過ごすMちゃんを認め信じていくプロセスは、多くの葛藤を生み、決して楽ではなかったと思います。そのプロセスに同伴させていただきました。Oさん自身がご自分の内面を見つめていく過程で変化がみられ、そのことをMちゃんも受け取っていたと思います。ちなみに、Mちゃんのセラピーは、ニューロフィードバック、カウンセリング、心理教育を取り混ぜて行いました。彼女自身は自発性やのびやかさを取り戻していったように思います。

 

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